|
|
Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E6%BC%86%E9%80%A0
乾漆像
***********************
概要
乾漆造の源流は中国にあり、中国では「夾紵」(きょうちょ)あるいは「ソク(土扁に「塞」)」と呼ばれた技法である。彫像のみならず器物や棺などの製作にも用いられた。日本では7世紀末から8世紀にかけて仏像の制作に多用されたが、平安時代以降は衰退した。乾漆造には麻布を1センチほどの厚みに貼り重ねて形成する「脱活乾漆造」と、これを簡略化した技法と思われる「木心乾漆造」がある。
脱活乾漆造 [編集]
制作方法を簡単に説明すると次のとおりである。まず、木製の芯木で像の骨組みをつくり、その上に粘土(塑土)を盛り上げて像の概形をつくる。この上に麻布を麦漆で貼り重ねて像の形をつくる。麦漆とは漆に麦粉(メリケン粉のようなもの)を混ぜてペースト状にしたもので、接着力が強い。麻布の大きさ、貼り重ねる厚さなどは像によって異なるが、おおむね1センチほどの厚さにする。こうしてできた張り子の像の上に抹香漆(まっこううるし)または木屑漆(こくそうるし)を盛り上げて細部を形づくる。抹香漆とは、麦漆にスギ、マツなどの葉の粉末を混ぜたものであり、木屑漆とは麦漆におがくず(ヒノキ材をのこぎりで曳いた際のくず)や紡績くずなどを混ぜたものである。奈良時代には抹香漆、平安時代以降は木屑漆が主に使われた。
なお、像の形が完成した後は、背面などの目立たない部分を切開して中味の塑土を掻き出し、補強と型崩れ防止のために内部に木枠を組む。
この技法による像は、東大寺法華堂(三月堂)、興福寺、唐招提寺などに現存し、日本彫刻史上著名な作品が多く含まれる。しかし、高価な漆を大量に用いるうえ、制作にも手間がかかるため、平安時代以降はほとんどつくられなくなった。奈良・当麻寺(たいまでら)金堂の四天王立像は、破損甚大ながら、日本における脱活乾漆像の最古例と見なされる。
|
|