teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


防止用

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月18日(土)23時29分46秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  上の子よりも大きく産まれて、1846グラムでNICUだったので、1ヶ月程度で家に戻ってこれて、生後2ヶ月で寝返りをするようになったので、寝返り防止グッズを使ったところ、役に立ちませんでした。 返って危ないと思い、とったのですが、それからは仰向けに寝るということは
無く、常にうつ伏せです。 上の子とはずいぶん違うと思いました。

寝返りを避けることは出来ないんだと思いましたし、それが禁止ともなると、それは違うと思います。  うつ伏せ寝を避けるということは、意図的にしないようにするということだと思いますが、難しい赤ちゃんも明らかに居るはずです。  禁止するということは、絶対にしないでってことで、それはちがうでしょう? と疑問符が付きます。

うつ伏せ寝は保育園では禁止されているのですか?  厚生労働省のHPでは避けるようにと書いてあります。 あと、不安に思う必要は有りませんとも。

専門化が最善の手を尽くしてよい結果を出すべきのは分かりますが、それは理想ですよね。
必ずしも良い結果が出ないこともあります。
どれだけ一生懸命して、おのずと結果が付いてくるといっても、それは失敗を乗り越えて、良い結果が出てきます。

国が保育園が会社がこうあるべきだといっても、理想ですよね。
あるべき姿が目的がうつ伏せ寝防止し、劣悪保育所などを無くすことなのでしょうか?
本来、プロは当然責任と結果が求められ、常に理想を達成するように死ぬ気で努力していることでしょう。  いろんな人に出来事を知ってもらうことが本来の目的ではないのでしょうか?

こちらの書いたことが、なぜか貴方の妄想に捻じ曲げられて、表現がまったく違う風に書き換えられていることに驚きます。
親の責任があること。 施設に預けることは、それなりのリスクがあること。 施設には信頼して預けること。 当然のことです。
虐待や、明らかな過失という、施設の責任は当然委託されていようが、それなりの責任は発生しますが、親の責任がなぜなくなるのか?  施設にも親にも責任があることは当然です。
それがなぜ目の届かないところだったら、委託しているはずの親の責任がなくなるのか?
そこの考えの違いが、まったく違う風に受け取られているのかと思います。




 
 

専門家

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月18日(土)21時07分20秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  基本的に貴方と考えは共通していると思います。
初めてうつ伏せ寝が怖いと思ったのが、貴方のHPです。 育児真っ只中の中、やはり気になります。 今まで知らなかったことがいろいろ知れて、感謝しています。 要は何も知らなかったんですから。第2子を抱えるまで。

正座については、世間が正座は悪いんだってと、根拠のないはずの言葉が伝え歩いていることで、悪いものと暗示にかかり、まるで根拠があるかのような話になっています。
現状は、根拠もなく、それによってその辺のプロのモデル以上にラインが綺麗な身内もいますし、毎日の習慣としてもちろん健康です。 中には、正座が出来ない人が居るということで、正座は足のラインを崩すとかは根拠のない迷信に過ぎません。

悪いか、良いのかの根拠はないにもかかわらず、あたかも正座は悪いかのように信じてしまうひとが出てきます。 現状は、良い場合もあり、悪い場合もある。
出来ない人にとっては苦痛の何者でもなく、悪いものでしょう。

うつ伏せ寝ですが、やはり根拠が明確でないのに、念のため直接関係が無いけど、うつ伏せ寝は
やめるようにする。 そうしたら本当に減ったのかのデータも曖昧で、実際は確実ではない。
現状はうつ伏せ寝防止が不可能なのに、うつ伏せ寝をやめてくださいとなると、疑問符が単純に
付いてしまいます。

うつ伏せ寝はやめてくださいというパンフレットが、子育て中の我が家には単純にそんなこと言われても現状とちょっと違うんじゃないの? と受け取ってしまいます。
なので、もう少しパンフレットの内容を具体的な表現で改めたほうが現実的で効果もあるのでは? と思います。見る人はきちんと細かいことでも気にしてみると思います。
うつ伏せ寝は絶対に駄目だ!と禁止するような表現は良いことなのですか? 現状と違う状況は
いくらでも出てくると思いますので。

責任に関しては、考え方の角度が違うだけで、それは哲学者でもないんだから、難しいことと思います。 単純に、保育園に委託していることに関して、親に責任がないということは、
理解しがたいです。 なぜ保育園に責任が丸投げになってしまうのか?
結果を受け入れるということは、親に責任があるからで、責任が無いということは、親としてありなの?と思います。 貴方を否定しているわけではなく、考える角度の違いなんでしょう。
自分の言葉の表現が無いのかもしれませんが、親の責任が無いということは考えづらいです。

保育園での責任や、国の責任もあるでしょうが、子供の親に責任が取れないことはない。 受け入れがたい結果を受け入れるということは、親がとる責任なのでしょう?
責任がないと生活自体が出来ないと思います。
 

2児様へ

 投稿者:風歌の父  投稿日:2014年10月18日(土)16時25分25秒 p26020-ipngn100201oomichi.oita.ocn.ne.jp
  責任を負う事と結果を背負う事については
大前提から貴方の考え方と違うので
説得することも、理解する事も諦めました。

ただ貴方の考えで気になったことがあります。
『他人に任せる他人も手探りの状況でやるわけで、よい結果ばかりがくるものではない。』

これは専門家に対しての言葉ですよね。違いますか?

僕の求める専門家は
『素人が知らない最善の手を尽くして安定して良い結果を出す』
これが専門家であるべきだと思うのですが?

貴方は違うようですね。

今回の書き込みで一番驚いたのは
『保育園には、信頼をして預けていますから、
 結果は必然的に何があっても受け入れます。
 もちろん、施設側、保育者などに明らかな過失があれば
 責任を取ってもらうことになります。』

急にどうした?って思いました。
これ僕がずっと言ってたことで
貴方には、預けた親の責任だから施設を責めるのは間違いだ
と、言われ続けてましたよね。

うつ伏せ寝の危険やSIDSとの関連については
HPの本文に沢山書きました。
改めてここで書く必要を感じませんが少しだけ

うつ伏せ寝とSIDSとが直接関係あるとは書けない理由もあります。
ただ。関係ないとは言えない現実もあります。
これは責任の所在を明確にしない為の考え方であって
決して子どもの安全の為の考えではありません。

SIDとSIDSの違いを理解していますか?

うつ伏せ寝の再呼吸による酸素濃度低下と言う実験をして
危険を証明した論文が認められない過去がありました。
責任の所在が明らかになっては困る偉い人がいるのです。

貴方がお子さんをうつ伏せ寝で放置することを読んで
僕は、『怖い』と思いました。

保育園が『うつ伏せ寝で死ぬと思わないからうつ伏せ寝にしています。』と言いますか?
今時そんな施設はありません。

厚生労働省はそういった施設に対して
特別な理由が無い限り、子どもはあお向けに寝かせるように指導しています。
小児科の壁などにも、子どもは仰向け寝に、と言うポスターを見たことがあります。

だけど貴方は貴方のお子さんが今の所大丈夫だから
危険ではない、危険とは思えないと言います。

僕はウチの娘も含めて多くの赤ちゃんが
うつ伏せ寝で冷たくなって発見されたと言う現実を見ています。
うつ伏せ寝で口にタオルが詰まった事故も
鼻腔閉塞が疑われる事例も
沢山知りました。
根拠は示せませんが
実例を並べることで危険を訴えようと思いました。


貴方の言うリスクを認識し、と言うのは
自分には当てはまらない、関係ないと切り捨てることも含めるのですか?
他所で起きた事故を見て、自分も気をつけようとはなりませんか?

ここは誰かの役に立てばいいと思っての行動ですし
僕自身は教訓になることは取り入れる努力をしています。
『危ない危ない、知らなかったわ、これから気をつけよう』
こう思っています。
ウチのHPを見た人にもそう思って欲しいです。


最後に、正座は身体によくないのですよ。
医者に止められるほどのことです。

怒られるかもしれませんが
僕の知り合いで、幼い頃から柔道をやって正座をし続けてきた人たちは
僕と同じくらいの身長でも座高は異常に高いです。
とても正座がスタイルを浴するとは思えない

足がしびれる事一つとっても身体にいいとは思えません。

それでは










 

責任

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月18日(土)03時32分46秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  大前提として、責任と結果を背負うことは同じです。
他人に任せるのも、寝具や子供の状況に気をつけたり伝えることで自分が必要な対策をするのであって、自らに責任があることは、無くなることは絶対無いです。

何もかもうまくいくわけ無いし、思い通りに他人がやってくれるわけでもない。
自分の選択したことに対して責任をとれるのは、自分しかないということです。
自分が何らかの責任をとらないといけないことではない。

結果は受け入れざるを得ないということは、自ら進んでいく方向を覚悟して選択
したということは、他人に任せる他人も手探りの状況でやるわけで、よい結果ばかりがくるものではない。  自らが選択すると言う責任には、結果が必ずあるから、責任と結果を
背負うということは至って常識的なことです。  ただの考える方向の違いだと思います。
全ての人に当てはまることだと思いますので。

自分なら絶対に預けないという人は、そういう選択をしたということです。
その選択には、家庭で事故が起こったとしても、それが結果。
他人に預けるという選択をした人も、結果があります。

その選択こそが責任であって、自分自身が受け入れなければいけない結果が何かしら必ずあります。

保育園には、信頼をして預けていますから、結果は必然的に何があっても受け入れます。
もちろん、施設側、保育者などに明らかな過失があれば責任を取ってもらうことになります。

施設に大きなリスクがあることを認識し、預けるという選択をすることが出来ない状況というのは、安心安全にたいする国の責任などもあると思います。
10年くらい以前に自己責任の時代と言われ、その方向に国が進んできました。
それによって、様々なところが民営になって委託されたりしたことで、厳しい時代の幕開けになりました。

責任を取れるのは自分自身しかないからこそ、その選択肢が何もないと言うことは
信頼して預けられるところが無いわけで、その状況は問題だと思います。

気になることは、うつ伏せ寝とSIDSは直接の関係は無いと思われますが、防止する
ためにうつ伏せ寝はやめましょうと言うと、うつ伏せ寝は悪のように受け取ってしまいがちです。 暗示にかかったかのように。 乳幼児には常に監視が必要と言うことだと思います。
現実問題、4ヶ月のわが子がうつ伏せ寝で死んでしまうことは考えられなく、今もうつ伏せ寝で
ずっと寝ています。 それを無理に仰向けに寝かしつけることはまず不可能です。

ちょっと違うかもしれませんが、正座はよくないとなんの根拠もないはずなのに、美脚モデルの一言で、多くの人が暗示のように信じてしまい、広まっていきます。 実際は根拠もないばかりか、体にもいいし、それをしている人はラインが綺麗です。

うつ伏せ寝から死亡に至る原因というのはあっても、呼吸も安定していない乳幼児が
うつ伏せ寝が絶対にいけないと言う根拠はなにかあるのでしょうか?
駄目な場合があるというだけで、それが全ての人には当てはまらないと言うのが現状なのではないでしょうか?
 

2児様へ

 投稿者:風歌の父  投稿日:2014年10月17日(金)22時31分59秒 p26020-ipngn100201oomichi.oita.ocn.ne.jp
  申し訳ありません。
僕はこれまで死ぬ覚悟で選択を迫られる事がありませんでした。

だから自分自身の選択に死ぬ覚悟がある貴方の意見がわからないのです。

事故を起した公共の乗り物に乗っていた場合の怪我も
貴方の考えでは自分の責任になるのですよね。

それが理解できない。

やっぱり相容れない考えだと痛感します。

普通(僕の場合だけかもしれませんが)だと
このタクシーに乗ると死ぬかもしれない
などと考える事はありえないと思いますし
そう思った時点でそのタクシーには僕なら乗らないです。

この施設に子どもを預けたら死ぬかもしれないリスクがある
そう思って預ける親がいるのでしょうか?
僕なら預けません。
『安心してください大丈夫ですよ』
そう言ってくれる施設に預けます。

経験者として言わせて貰いますが
結果は責任のあるなしに関わらず受け入れざるを得ない物です。

何度も言いますが責任を負う事と結果を背負うことが同じだと言う貴方の意見は
僕には受け入れることが出来ません。

貴方は道路を歩いていて車にはねられた人に不注意だと言う
不注意以外の何者でもないとまで言う。

その考えは誰も認めてくないと思いますよ。

逆に聞きたいのですが
預かった子どもを無事に帰すことが出来なかった施設には責任は無いのですか?
貴方は預かってもらった事に感謝しろと言いますよね
事故を起すリスクを受け入れなかった親の責任なのだから
施設を責めるのは間違いだとずっと言ってますね。

矛盾していませんか?

最後の一行の

この世に生きている限り、何が起ころうとも、
自分自身の行動には必ず責任があるということを信じています

これは施設側には当てはまらないのですか?

最後になりますがもう一度同じ文章で締めます。
書き込み有難うございました。
*****************************************************

それでも預けた親の責任だと思うのであれば
それはそれで貴方の考えですので仕方ありませんが
ここでそれを力説されても理解できない話です。


子どもの安全と親の安心の為には僕の言っている事
やっている事が正しいと信じています。

どうかご理解ください

それでは、










 

責任

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月17日(金)20時20分1秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  自分自身の選択に、死ぬ覚悟があるかどうかです。
そのくらいの覚悟を持って生きているんです。

いくら道路を歩いて、自分が何気なく車の前を通ってはねられたとしても、不注意以外の何者でもありません。 そのリスクがあることは当然分かっていることで、気をつけなかったことに
問題があります。 自分自身の責任は当然あるとしかいいようがありません。

責任は他人に全て100%あるのは、法律だけでしょうね。
自分自身に責任が何も無かったんだというのは、責任の丸投げとしかいいようがないです。

ルールを守ることは当たり前。ルールに従い処分されることも当たり前。
自分自身の行動に責任があることも当然無いということはあってはならないと思います。

他人が罰を受けることがあっても、還ってこない命があることを受け入れるということは、
死ぬ覚悟でその道を選択しているということです。
自分自身が選択した道は、そんなに甘い道ではないはずです。 そこにはなんらかの覚悟があると思います。

全て何もかも守られていると考えるのであれば、法律が守ってくれるでしょうが、そんなものは嘘っぱち
も多いでしょう。  明確な責任は取ってもらうけど、結果を受け入れることというのは、自分自身がとった行動に責任があるかどうかの所在が必ずないと、受け入れらるはずのことも、責任転嫁だけに終わってしまっては意味が無いです。

罰則を負わないから責任は無いんですか?
少なからず自分のとった行動には責任というものがあるはずなのに、その責任の所在が無くなると言うことはあってはならないです。

この世に生きている限り、何が起ころうとも、自分自身の行動には必ず責任があるということを信じています。
 

2児様へ

 投稿者:風歌の父  投稿日:2014年10月17日(金)16時20分12秒 p26020-ipngn100201oomichi.oita.ocn.ne.jp
  今回の書き込みでようやく理解できました。

責任を負う事と結果を背負う事を同じだと考えていらっしゃるのですね。
だから貴方の言いたい事が僕に伝わらないのですね。

判って貰えないと思いますが
責任を負う事と結果を背負う事は全く別です。
*******************************************************************
貴方が道路を歩いていた時
乗用車が貴方をはね貴方が怪我をした。

貴方が公共の乗り物に乗っている時
その乗り物が事故を起し貴方が怪我をした。

貴方の責任ですか?

怪我という結果はどちらも貴方が背負いますよね。
でもどちらも貴方には責任はないと言うのが僕の考えです。
*******************************************************
応えていただけなかったので、もう一度この文章を使います。

もう少し噛み砕いて言うと

歩いていた貴方も公共の乗り物に乗っていた貴方も
貴方の立場の人が逮捕されたもしくは罰則を負ったという話を聞いたことがありますか?

僕は無いです。

この場合、運転していた人間はきっと罰を受けると思います。

貴方は責任と結果を同じだと言っている。

罰を受けると言うのは責任を負う事、
怪我をさせられると言うのは結果を背負う事。
僕はこう考えます。

貴方の考え方だと罰として怪我を負ったとなりませんか?

貴方がここで言っている事は
事故を起したバスの怪我をした乗客に
『その怪我は、このバスを選んだお前の責任だ』
道路で車に轢かれた人に
『轢かれたのは、そこを歩いたお前の責任だ』
こういっているとしか聞こえない

『施設を選んだ親の責任』に繋がる考え方ですよね。

だから僕には貴方の文章が理解できないんだとやっとわかりました。

リスクを受け入れて生きていくのが人の道と貴方は言う
僕はリスクを減らして欲しいと願う。

貴方の仰るとおり
色んな考え方があると言うのはわかります。

今回の貴方の書き込みで
相容れない意見、考え方もあるんだなぁと改めて思いました。

書き込み有難うございました。
 

リスク

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月17日(金)11時00分3秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  責任を負うことと結果を背負うことは同じなのではないですか?
なぜ親の責任がなくなってしまうのでしょう?

自ら選択した責任はどこに行くのでしょうか?
その責任を認識していなかったとしたら、結果を背負うことが相当につらいことになってしまいます。

責任を負うということは、結果も背負うということの認識で間違いないです。
親としての責任が何もないというのは考えづらいです。

施設側は安心安全に運営していただきたいのは当然親としてあります。
万が一施設側の明確な責任が認められるんであれば、当然それなりの責任をとってもらう
べきです。

責任を負うことと、結果を背負うことが同じであるという認識は必要不可欠だと思います。
自らの行動に対してきちんと認識したうえで責任を持って動いたのであれば、その結果を受け入れることは当然です。 受け入れられないということは、認識不足の何者でもないと思います。

施設には責任があることは当然のことと思います。
この世にある様々なリスクを受け入れないで生活して行くことはもちろん100%不可能ですよね?

家庭では守れない事故を、施設なら守ってくれます。ただ、そこには必ずリスクがあります。
家庭なら事故は防げたというのは妄想であって、現実とは程遠いです。
親や祖父母では事故を予防することで精一杯で、家庭での事故も多いです。どこにいても
リスクがあり、それを受け入れるということの、責任と結果は同じでなければいけません。

責任を認識していないのであれば、結果を受け入れるはずが無いのは当然で、
争うはずの無いことで争うことにもなります。
明らかな責任が相手にあるのであれば、それなりのことをしてもらうことは当然です。

数々あるリスクのうちの、うつ伏せ寝が危険ということは、本当にそうなのか?と疑問です。
SIDSというのはもちろんあるでしょうし、防ぐという点では考えられるのかもしれませんが、
無理に仰向けにしても、今度はミルクを詰まらせたりの危険はないのでしょうか?
我が家の4ヶ月の子供は、風呂に入る、おむつを替えるなど以外は、一日中うつぶせ寝です。
うつぶせ寝が本当に危険なの?と疑問に思うことが大きいのが現状現実問題です。

要は、施設だからといって完全に安心安全では無いし、少しでもリスクを減らすことを
完璧にすべきで、常にきちんとした運営をすべきという、信頼して預けられる環境が欲しい。
ただ、現状では施設の責任が問われる死亡事故もあり、なかには責任を逃れようとする場合も
ある。
そのような状況下で、親はリスクを考慮した上の自己責任で預けるのだから、もちろんその結果は事故が無かったとしても、当然付いてくるもの。
リスクの認識が薄い、何も知らないまま安全神話だとおもって預けると、結果を受け入れられないことになる。  施設の責任だけを追及し、自分自身を見つめることが出来ない。

親が何かを行動するという選択には、こんなリスクがあるんだと認識して知っているということはとても重要なことと思います。 はじめてこのホームページに訪れたおかげで、いろんなことが知れました。 これは自分自身にとっては大きなプラスなので、情報を発信してくださっていることに感謝いたします。 ありがとうございます。  風歌の父さんが情報を発信していなかったとしたら、知らないことが多くあるところでした。

人にはそれぞれちょっとした考えの違いはあると思いますが、思っていること、感じることは、共通していると思います。 情報発信は大切ですばらしいことですし、そのことでいろいろ考えさせられます。
同じ考えの人ばかりで、考えの違いが無ければ進歩しませんからね。

 

2児様へ

 投稿者:風歌の父  投稿日:2014年10月 8日(水)23時51分41秒 p26020-ipngn100201oomichi.oita.ocn.ne.jp
  書き込み有難うございます。

少し混乱しています。

『保育園が、プロが、施設がきちんとしていないとか、
どうのこうのなんてどうでもいいんです。』
という考えをお持ちの貴方が、お子さんを施設に預け
『預けている所で事故が起こったとしても、許せないと言うことは無いです。』と言う
ここまでは貴方の勝手ですので異論はありますが飲み込みます。


事故が起きた場合
『命を預かるほうは、どれだけ責任が重いのでしょう。』
と施設を擁護していますが、次には
『命を預ける重み、預かる重み、違いなど無いです』
と続きます。
そして前回の文章にあった、
『信頼して預けているということは、親も命がけで預けていると言うことなんです。』

この言葉を借りるなら
『施設も命をかけて預かるべきだ』と言うのが貴方の言っている事に
筋が通ると思いましたが
『子供の命は子供の命。 勝手に海や川で事故をしても、
監視員がいるプールでの事故も、親に責任があるとおもいます。』
こうなりました。

『責任を負う事』と『結果を背負う事』が同じになっていませんか?
粘り強く長文を書いてくださいますが。
貴方の言う事がわからず混乱しています。


水の事故の例え話に付いては、僕は両方とも親に責任はないと思います。

もう少し噛み砕いた例えをします。

貴方が道路を歩いていた時
乗用車が貴方をはね貴方が怪我をした。

貴方が公共の乗り物に乗っている時
その乗り物が事故を起し貴方が怪我をした。

貴方の責任ですか?

怪我という結果はどちらも貴方が背負いますよね。
でもどちらも貴方には責任はないと言うのが僕の考えです。

違いますか?ご一考ください。
奥さんににも聞いてみてください。

もしこの場合でも
『全て自分の責任だ、その道路を選んだのは自分だし乗り物を選んだのも自分なのだから』
と考えるのなら、
(恐らく貴方は僕にこう言いたいのでしょうが、
僕からはそれは違うでしょうとしかいえません。)

息が詰まりませんか?
何が起こっても自分のせいでは?

残念ながら貴方の考えでは事故を防げないし減らせない。
子ども達の為にならない。
真面目に取り組んでいる施設に対しても失礼です。

『絶対に安全』は無いという事は判りますが、
だから何があっても仕方が無いとは、僕は考えられません。

風歌が最後に寝ていた施設は
『もう二度と同じ事故は起しません』
という文章を僕にくれました。
『事故を起さない努力をすると、』
この言葉でこぶしを下ろすことが出来たのです。

もしそこに貴方がいて
『預けた貴方の責任だ』
と言われたらどうなったか想像もしたくありません。


それでも預けた親の責任だと思うのであれば
それはそれで貴方の考えですので仕方ありませんが
ここでそれを力説されても理解できない話です。


子どもの安全と親の安心の為には僕の言っている事
やっている事が正しいと信じています。

どうかご理解ください

それでは、


 

預け先の施設

 投稿者:2児  投稿日:2014年10月 6日(月)23時55分47秒 pc4e231.ztv.ne.jp
  信頼して預けているところで事故が起こったとしても、許せないと言うことは無いです。
命を預かるほうは、どれだけ責任が重いのでしょう。
突然死があり、交通事故もある、家庭よりは事故原因は少ないだろうけど、
少なからず事故は起こるもの。 この世に事故がゼロになるように努力しても、ゼロになるリスクはひとつも存在しないし、それは、不可能なんです。もちろん減らす努力は必要です。
命を預ける重み、預かる重み、違いなど無いです。
子供の命は子供の命。 勝手に海や川で事故をしても、監視員がいるプールでの事故も、
親に責任があるとおもいます。

この世は、リスク無しで生きていけるほど甘くは無いと思います。
ありとあらゆるリスクを想定して、皆、一番最善の方法をとって生活しているのでは。
完璧な管理体制でも、事故が起こる可能性はゼロにはなりません。
普通に考えて、数秒でも目の届かない時間があれば、溺れてしまうということは起こるんですから。
子供を心から愛してない親なんて普通はいないでしょう。
管理体制が徹底して整えば事故が減らせるけど、プロ意識云々だけのことではないはずです。


うつぶせ寝による窒息を防ぐのは、うつぶせ寝に注意することが最善という言葉は、
あまりにも簡単な表現なので、分かりづらいです。
4ヶ月の下の子供は、今もうつぶせ寝です。 保育園にいっているのは上の子だけ。
上の子は、仰向けか横向きに寝ます。 でも、下の子はそういうわけにはいきません。
注意するということじたいが実情にあてはまりません。  仰向けに寝かせたところで、
くるっとうつ伏せになります。 窒息の危険は口に何かを詰まらせない限りはないのでは
無いでしょうか? リスクが本当に減るとは思えません。
もしこの子が保育園に行っていて、仰向け寝が指導されていたとしたら、100%不可能と思います。 仰向けに寝かせたつもりがいつの間にかうつ伏せ寝って感じです。
自分でうつ伏せになるんだから、そんなことを気にしていたら、それこそ赤ちゃんは寝れないです。 現実問題と、頭で考えることのギャップの差は、かなり広いのでは。
 

レンタル掲示板
/20